2011.02.09 (Wed)

90年代前半に興味を持ったこと、失ったこと

私は91年7月から「若貴ブーム」に沸く「大相撲」に興味を持ちました。

(動画は「大相撲九州場所2日目、10年11/15」同郷の稀勢の里を応援してます)
現在「八百長メール問題」で大相撲は存亡の危機を迎えてるので採り上げ難いですね。

更に93年5月に開幕したサッカー「Jリーグ」に大いにハマりました。

(動画は「AFC Asian Cup QATAR 2011 Final 1/31」祝、日本4度目のアジア王者!)
ザッケローニ監督万歳! 現在も「鹿島アントラーズ」サポーターです。
90年代前半に「スポーツ観戦」の楽しさに目覚めた反面、芸能への関心を失いました。
また個人的なことでスイマセン! とりとめのない雑談です。
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80年代は歌番組以外でもゲストのアイドル歌手が歌うことが頻繁にありましたが、
84年までは私にとって「全く興味を持てないこと」でCMと同じ「退屈な時間」でした。
85年にデビューした斉藤由貴さんのファンになり「芸能(アイドル)」に興味を持ち、
次第に新人アイドルを見て「売れる(売れない)!」と予想する楽しみを覚えました。

「絶対売れる!」直感した一人が石田ひかりさん(87年歌手デビュー)。

(8曲目のシングル「Natural Choice」(89、当時17歳)、超美声で表現力があると思います)
御本人は「15歳から18歳までアイドル歌手やってました。全く売れなかったですけど」
コメントされてますが、87~89年デビューのほとんどは歌が売れませんでした。

90年代になると歌番組が少なくなったことを受け、新人アイドルの
「総グループアイドル化 総バラエティアイドル化」
が起きました。 つまり冬の時代(氷河期)なのでピン(一人)で頑張らず互いに肩を寄せ合い
・「おニャン子クラブ」の亜流のようなグループアイドルに属して
・「夕焼けニャンニャン」の亜流のようなバラエティ番組にレギュラー出演する。
そして、一部の実力と人気を蓄えた人だけが数年後にブレイク… あれ、別に悪くないか。
これは現在も続く傾向で、ピンでデビューして成功するアイドルは希少になりました。

ピンが頑張るのがフツウだった80年代アイドルに親しんだ私には「時代の変化」と
分かっていても「レベルの低下」に見え、急速に興味を失って行きました。

石田さんは初主演映画「ふたり」(91)でブレイク、「悪女(わる)」(92)でドラマ初主演されてます。

表現力が豊かなOPだと思います。 歌は女優の表現力向上につながると思いますが、
現在の若手女優は歌う方が少なくなって残念です。

<追加>92年紅白歌合戦、LINDBERG(88~02年)「恋をしようよYeah!Yeah!」の紹介。

ボーカルの渡瀬マキ(麻紀)さんは87年に18歳でアイドル歌手デビュー、売れませんでした。
「今まで通りアイドルしてちゃダメだけど、代わるモノも難しい」閉塞感は現在も続いてます。
とにかく石田さんにも歌って欲しかった…


石田さんが主演した朝ドラ「ひらり」(92後期)の動画が無いので(強引でスイマセンw)
その少し前、同様に当時の相撲人気を受けて製作された「まったナシ!」(92.7~9)のOP。

斉藤由貴さん(当時25歳)が相撲部屋の女将さん役で主演しました。
主題歌「私がオバさんになっても」を歌った森高千里さん(当時23歳)との
「スペシャル対談」(6月初頭発売の「TVガイド」誌)の切り抜きを持ってましたが、
95年に処分してしまいました… 勿体無いことをしました。。。
どちらも相撲はゼンゼン分からないようでしたが、以前に歌番組で会った時の話題と
「結婚観」について和気藹々とお話されてました。
「4月25日に尾崎豊さんが変死した」事件があったばかりでしたが…

4月末から5月始め頃、斉藤さんはどうしてたかと言うと…
連続ドラマ「女事件記者 立花圭子」(92.4~6、共演:有森也実さん)の撮影を終え、

(EDテーマソング「STOP MOTION~永遠に~」は大黒摩季さんのデビュー曲)
休むヒマなく、2時間ドラマ「ベトナム難民少女」(92.6/25放送)の撮影に入ってました。
そしてパーソナリティーを務めるラジオ番組「ネコの手も借りたい!」では、その撮影で
「高校時代を演じるために、セーラー服を着たので恥ずかしかったw」と明るく笑ってました。
「連ドラ」→「2時間ドラマ」→「連ドラ」と仕事がメチャクチャ忙しくて、
「一年前の映画宣伝用スキャンダル」なんて完全に忘れちゃってるようでした。

ところが92年末頃から
「尾崎の死に斉藤はショックで仕事が出来なかった」
など明らかに事実と反する記事が週刊誌に書かれ始まったのです。
年が明けて93年になっても「後付け」の記事が延々と続くので、薄気味悪さを感じました。
「(生前興味を持たなかったのに)死後、尾崎さんに興味を持った人達」が彼のCDや
その死をセンセーショナルに面白可笑しく書き立てた書籍を好んで買い求めたので、
忘却の彼方に逝くハズのスキャンダルが不気味に「一人歩き」を始めたのです。

そして、93年7月に新キャラを用意しての2度目のスキャンダルが始まりました。
「お盆休み最初の月曜日」に記者会見を開いたので、マスコミの要望に応えたんでしょう。
バブル崩壊で最悪の時期に、望外の利益をもたらしたと思います。

当時の私は93年5月の「Jリーグ開幕」以降は、ほとんど芸能に関心を失ってましたが
「(最初にファンになった)斉藤さんのことだけが気掛かり」な状態になりました。
「あんなことをやらされたら本当に破門になってしまう!」と不安になったからです。
実は斉藤さんは94年の仕事をセーブして、同じモルモン教徒の小井さんと
交際を始めてました(さすがにその情報はマスコミにリークされませんでした)

正に悪夢のような出来事の連続でした。 御結婚前の最後の作品は


どうしてこんなことになっちゃったのかな?
「世にも奇妙な物語秋の特別編」「出られない」(94.10/10)でした。
おそらく斉藤さんは2度のスキャンダルについて理不尽さを感じたと思います。
デビュー以来8年連続で映画に主演して、歌を何曲もヒットさせて他の誰よりも頑張ったのに、
歴代「東宝シンデレラ」受賞者の中で唯一大きなスキャンダルを2度もやりました。
色々あったけど、94年12月に小井さんと御結婚されてお幸せになりました。

私はホッとすると同時に芸能に対する関心を約10年間失いました。
斉藤さんのデビューで始まり、斉藤さんの御結婚で一旦終わった感じです。
また「もう映画館には絶対行かない!」と心に決めました。
(実際に92年から09年まで映画館に17年間、一度も行きませんでした)
でわ
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23:00  |  未分類

Comment

石田さんはJリーガーと噂がありましたね。
管理人さんは由貴ちゃんが結婚してホッとしたとよくおっしゃいますが
悲しくはなかったですか? 私などモルモン教徒になっておけばよかったなと思ったくらいです。

PS.
私は尾崎が嫌いです。噂を立てられるなら別のやつがよかった。
「信じられぬ大人」「かよわき大人」何言ってんだ。そんなに支配されることが
いやなら一人でどこにでも行け、守られてるのに人のせいにするなと思います。
ユキスト |  2011.02.12(土) 00:59 | URL |  【編集】

こんばんわ

石田さんはガチだったんですかね。
青島文明選手については何にも覚えてません。

「斉藤さんと結婚したいと思ったことはない」 と言えばうそになります。
私が無宗教なのは両親がそうだからですが、信仰を持ってる方には漠然と憧れます。

尾崎さんについては、よく知らないし知ろうという気にもなりません。
ただ「盗んだバイク」で「自由になった気がする」という歌には全く共感出来ません。
それどころか生理的嫌悪すら感じます。
そんなものは本当の自由ではないと思います。
でわ
珍来 |  2011.02.14(月) 00:31 | URL |  【編集】

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