2011.11.20 (Sun)

テレビ探偵団 (86-92)

懐かしのテレビ番組を紹介する「テレビ探偵団」はレトロブームを巻き起こしました。
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ゲスト:清水ミチコさんの回(89.10/1)の冒頭より。 翌週の「秋祭り!」で山瀬さんの降板が

突然発表されたことは驚きでしたが、私は後任が西田さんになったことにも衝撃を受けました。
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「アイドル歌手として、そこそこ売れてるのに何故バラドルに?」と疑問を感じたのです。

「テレビっ子」だった私が「芸能界に関心を持つことに抵抗が無くなった年」に始まり、
「芸能界への関心を無くしていった年」に終了した「思い出の番組」です。
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以前書きましたが、私は87年から斉藤由貴さんと南野陽子さんのラジオ番組を
毎週聴いてました。 当時は他のアイドルの番組も時々聴いていたのですが…
「売れてる人ほど話が上手、いや上手だから売れる」
と感じました。 「ルックス」の次に相手に伝わることは「言葉」だと思うのです。

西田さんは吉田真里子さん(第6回ミスマガジン特別賞)と同じ88年歌手デビュー。
「真里子とひかるのチャレンジ学園・夢計画」(88、文化放送)というラジオ番組に
サブのパーソナリティで出演されてました。 私は2、3回聴いたことがあります。
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(講談社DELUXEマガジン「ORE」88年7月号の表紙の吉田真里子さん(当時17歳)。
「斉藤由貴、南野陽子を超える逸材」と猛プッシュされてたので少し気になってました)

聴いてみて感じたことは「西田さんは絶対売れる!」でした。

88年はアイドル歌手が大量デビューしました。 おそらく史上最多で、その理由としては…
 ①バブル絶頂期でプロモーションする資金が潤沢にあった(金余り)だったこと。
 ②87年に「おニャン子クラブ」が解散し、なおかつ「素人ブーム」は続いてるとされたこと。
(83年スタートの「オールナイトフジ」で「女子大生(=素人)ブーム」が始まりました)
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デビュー当時のハイレグビキニ。 言葉は悪いけど「88年デビュー」=「バブル組」ですね。

西田さんは「鶴ちゃんのプッツン5」(88~92)で初レギュラー獲得、同い年の石田ひかりさんと
「ルーとリー」コンビを組みました。 どちらも「帰国子女」独特のキラキラ感がありました。

しかし「バブル組」は歌が売れず、ベストテン&トップテンにランクイン出来たのは
「素人っぽさ」が特に際立っていた「Wink」くらいでした(ファンの方、すいません)。
「素人ブーム」に対しては「素人を出してしまうと次が無い(難しい)」
という批判がありました。 「おニャン子」解散以降はその批判が的中したのかも知れません。


88年当時は井森美幸さん、山瀬まみさんが「バラエティーアイドル」(バラドル)として
既にブレイクしてましたが、まだまだ「邪道」扱いで追随する人は少なかったです。

「アイドルデビューに掛かったプロモーション費を少しでも
回収するため『お笑い』をやらせたら、たまたま売れた」


失礼だけど、これが当時のフツウの認識で「歌番組」に出るアイドルが「正統派」でした。

「清水ミチコさんの回」(89.10/1)では山瀬さんはいつも通り強烈な個性を発揮されてました。

(全部観たければ、動画終了後に(2/2)をクリックして下さい)
ところが翌週のスペシャル版は冒頭から露骨に元気が無く、「降板」が発表されると
彼女は号泣してしまいました。 「人間、こんなに泣けるのか…」と思えるくらいでした。
(「所属事務所の不注意で三菱電機のライバル社である富士通とのCM契約を交わしてしまい、
本人の意向に反する形で降板を余儀なくされてしまった」とwikiに記載されてますが、
私の記憶では山瀬さんの富士通のCMは90年からで、少し眉唾モノの説です)


<追加>当時PCやワープロに関心があり、各社CMにアイドルを起用したので気にしてました。
(後任の西田さんが三菱電機のCMキャラクターになったのも92年からです)

<追加>「テレビ探偵団」でも流れてましたから、91年までは小泉今日子さんでした。

西田さんは90年頃は「自分の色」が出せませんでした。 ゲスト・ダウンタウンの回(90.9/30)。

(全部観たければ、動画終了後に(2/3)(3/3)をクリックして下さい)
「山瀬さんの方が良かった」と感じた方も多いと思います。
私も西田さんに代わってから、山瀬さんの「タレント能力」の凄さに初めて気付きました。
個人的には西田さんも91年からは「自分の色」を出せてたと思います。

「アイドル歌手」としても活動されてたので、ハメを外せなかったのかも知れません。

第42回紅白(91)に「ときめいて」で初出場、トップバッターを務められました。


「テレビ探偵団」は高い人気を保ちましたが、92年3月29日に5年半の歴史を終えました。
91年10月にTBSが野村證券から「損失補填」を受けた問題で前社長が引責辞任。
磯崎洋三 氏が新社長に就任し、その編成大改革の煽りを受けたのです。
「三菱電機」の一社提供枠も廃止されました(一社提供の番組は90年代以降減少しました)。
(磯崎 氏は92年秋にも人気番組を大量に打ち切り、「TBSビデオ問題」(96)で引責辞任)

90年10月に「夜ヒット」が終了し、完全に「歌番組斜陽」「アイドル冬の時代」になりました。
90年以降の「氷河期組」は歌手デビュー出来る新人が激減し、こぞって
「邪道」扱いされた「バラドル」を目指したので「バラドル」は死語になりました。
更に93年に掛けて、TBS以外でもいくつもの人気番組が不自然に打ち切られ、
私は段々観たい番組が少なくなって「スポーツ中継」ばかりを観るようになりました。


歌を辞める方が多い中で、西田さんは長く歌手活動を続けられました。
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これは拾った画像。「ノーブラ」みたいですね。

何年ころか分かりませんが、その時の動画。

更に拾った画像。
「バブル組」から「氷河期組」は90年代に「ヘアヌード」になった方が多いです。
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喜んだ方も多いでしょうが、私は「不況ってこういうモノなのか…」と落胆してました。
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ヌード撮影ですか? 「冬の時代」に”解禁”された質問。

もう少しオトナになってから考えます!(笑)

80年代ではNGですが、90年代では「模範的回答」ですね。

西田さんの「代表作」はピンと来ませんが、基礎能力が総じて高く何でも出来た感じでした。
「先が見えない時代」でも、ただ一人先が見えるかのようなクレバーさを発揮されてました。
でわ
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23:00  |  バラエティ番組

Comment

山瀬さんについて

 この番組はよくヒーロー物を扱っていたので観てました。山瀬さんがライダー嫌いでライダーが大挙して出演したときに固まっていたのが思い出されます。虫嫌いだったのかな。
 彼女がデビューしたときに地方のデパートでのイベントで観たことがあり、歌を練習?しながらエスカレーターで降りてきたことだけなんとなく覚えてます。
 
toshi |  2011.11.23(水) 23:55 | URL |  【編集】

こんばんわ、toshiさん

その回は観ました。 特にアマゾンに怯えていたような記憶があります。
上の年代の方々がゲスト出演されるので、知らない番組が観られて面白かったです。

アイドル時代の山瀬さんを間近でご覧になったことがあるんですか!?
「地方のデパートでのイベント」自体が90年以降は見られなくなりましたね。
「テレビ探偵団・降板」は何の告知も無く、いきなりだった記憶があります。

今思えば「ポスト・おニャン子クラブ」は「バラエティアイドル」一択だった気がします。
西田さん(の所属事務所)はその「正解」にいち早く気付いていたのかも…
90年代以降にデビューした新人達がバラエティ番組で頑張るようになるのを見て、
個人的に何とも言いようがない違和感を感じてました。
でわ
珍来 |  2011.11.24(木) 21:52 | URL |  【編集】

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