2016.03.13 (Sun)

ベルサイユのばら (79~80) その2

フランス王太子(「ルイ16世」)妃「マリー・アントワネット」(1,755~93) は国王「ルイ15世」の…
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何なのこの女、何て高慢ちきな態度でしょう!

すごい肉体美だけど、どこか下品な女!!


"公妾" 「デュ・バリー夫人」と "女の争い" をして、ヨーロッパを危機に陥れました。
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第3話「ベルサイユに火花散る」、第5話「高貴さを涙にこめて」、第9話「陽は沈み陽は昇る」を
紹介します。 管理人は初めて "真(ホンモノ)の悪女" を知りました。
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「デュ・バリー夫人」の悪女ぶりで、管理人はこの作品に興味を持ちましたが、全話観ると
「アントワネットの方が真(ホンモノ)の悪女である」事に気づきました。 他の悪女達は
「自分が悪」である事を自覚してるのに対し、アントワネットは全く自覚してないからです。

「国民に憎まれる女王」 こそが悪女の中の悪女と言えるでしょう。


1,770年5月16日、オーストリア帝国・ハプスブルグ家の皇女アントワネット(当時14歳)は…
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この結婚には何か不吉な事が起こるのでは

フランスのブルボン家に嫁ぎました。 母で偉大なる女帝「マリア・テレジア」(1,717~80)
は何度も手紙を送って「末娘」(十一女)の行動を戒め、死の直前まで心配し続けました。

15世の娘「アデライード」「ヴィクトワール」「ソフィー」に焚き付けられ、早くも問題を起こす。
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あの女、元はと言えば下層階級の生まれで…

「デュ・バリー夫人」(1,743~93)が「夫を毒殺した」は明らかに事実と反する悪意のある噂で、
「輝く美貌」 ("傾国の美女" と評される)の彼女を、15世が強引に引き抜いたが事実。
「話術が巧み」で人気が有った事も 「家柄だけの女達」 の不興を買ったようです。
(アントワネットは立ち振る舞いは立派だったとされますが「美女ではなかった」と評されます)

2人の対立は宮中の噂になり、15世は大激怒! 母も「メルシー伯」を通じて危機を知ります。


フランス国民は「平和の期待」を裏切られ 「また戦争になる」 と不安に怯えました。

アントワネットは、母が生涯を懸けて築いた「フランス-オーストリア同盟」がブチ壊しになり…
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オーストリアのお母様が…  ヨーロッパ中が戦争に巻き込まれ…

何千、何万の人々が死ぬと説得されて 「一度だけ、お母様の為」 と約束し、
71年7月初旬に声を掛ける事になりましたが「アデライード」が強引に連れ出して阻止。

72年1月1日、新年の挨拶の為にフランス中の貴族が集まる日に、言うハメになりました。
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おめでとう ベルサイユは大変な人出ですこと


アントワネットは 「私は負けた」「フランス宮廷は堕落した」 と号泣!
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「王位継承者の妃」が「娼婦」に敗北したのです

「オスカル・フランソワ」は架空の人物ですが「アントワネットへの忠誠」を貫けませんでした。

ムリも無い事で、王妃になってからも「浪費」「不倫」「賭博」と国民の期待を裏切り続け、
78年に母に成り落ち着きましたが次第に「子供と遊びたい」と「謁見」(公務)を行わなくなり、
貴族階級からの支持も失って 「国民に憎まれる女王」 になってしまいました。

史実でそう言ったかどうか分かりませんが 「国民の為」ではなく「母の為」と言った時点で、

「女王の資格が全く無い人」  だと管理人には感じられました。


デュ・バリー夫人の栄華は15世が、74年4月27日に倒れた事で "風前の灯" になりました。
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「天然痘」(1,980年、WHO根絶宣言)は1,796年にワクチンが開発されるまで "死の病" 。

娘達が去り、医師団が匙を投げても唯一彼女だけは15世の傍を離れずに看病し続けました。
非常に感染力が強い事は知られていたので、心から15世を愛していた可能性も高いです。
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「太陽王」と言われた先王「ルイ14世」は…

王朝の最盛期を築いた「非常に有能」で偉大な王ですが、晩年フランスを財政難にしてます。
(領土・植民地拡大が次第に利益よりも負担を増やすようになった時代の転換期でした)
15世は政治的に「無能」で国民の不満が募り、多くの愛人を持ち「最愛王」と揶揄されました。

愛する女の為なら喜んで地獄に堕ちる男、も居ますが「最愛王」は天国に行きたがります。
(その葬儀が質素に行われたのは人気の無さと、新国王&王妃への期待の大きさの表れ)
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懺悔がしたい。。。  デュ・バリー夫人はベルサイユから追放されました。 

そして74年5月10日「ルイ16世」弱冠19歳で即位(先々代が4歳、先代が5歳で即位してます)。
(「弱冠」は年少の事で本来は「男性の20歳」の意味で「若干」は1から10まで個数未定の意味) 
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国王御逝去!!! 16世は節度が有ったので国王として「平凡」でした。

財政立て直しは出来ませんでしたが、国民の期待に応えようとしたので人気はありました。
冴えない風貌から彼を侮る者も多かったですが、誰に対しても丁寧に穏やかに接する彼を
「真の帝王」と敬愛する者も多かったです。 アントワネットも次第に惹かれていきます。

 
その為、不満の高まった国民は「節度が無かった」王妃を「最悪」と "敵視" したのです。
(77年に「包茎」の手術を受けるまで16世は「性的不能」だったので同情の余地はあります)
16世が生涯愛人を持たなかった事が、逆にアントワネットの悪評を増やしたとも言われます。


デュ・バリー夫人は「タダの女」「最低の女」になり「ポン・トー・ダム修道院」に連行されます。
「明日のパンを心配した女」「パンが無ければと言った女」
に一度は勝った! (「お菓子を食べれば良い」を誰が最初に言ったかは、諸説有ります)
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でも後悔はしない。 だって自分の思うまま

好きな事をやって来たんですもの
 "女版ラオウ" のような…

「我が生涯に一片の悔い無し」的な台詞を吐いてますが、ここで彼女の命運は尽きません。
人脈を頼って修道院から出て、再び貴族達の愛人となり優雅に暮らすようになったのです!

当時30歳を越え、美貌は衰えていたハズですが彼女の「武器」は話術の他にもありました。
「思いやりがある」と評され男心を虜(とりこ)にする 「天才的な愛人」 でした。

「フランス革命」(1,789)後は亡命貴族達の援助をしましたが、何故か93年に帰国して囚われ
12月7日に公開死刑されたと、女流画家「ルブラン夫人」の革命回顧録に記されてますが…
唯一ギロチン台を直視出来ず、泣き叫んで群衆達に命乞いした、と悪意に満ちた記述なので
信憑性が低いです。 「自分の実力のみに頼る女」にも "妬みの対象" だったのかも。。。

アントワネットの公開処刑は10月16日に行われ、死刑執行人の足を踏んだ事を謝った事が
最期の言葉でした。 その優しさを女王として国民に示した事は無かった、と評されます。

死後、あまりにも悪評が多いので綿密な調査が行われ「名誉回復」が図られましたが、
偉大な女帝である母から送られた大量の手紙が、全く効果が無かった事も判明しました。

フランス国民の期待に応えるなんて到底ムリな 「フツウ(以下)の女性」 だったようです。
女王に成るべきでない者が女王に成った事が 「真(ホンモノ)の悪女」 を誕生させました。
でわ
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Comment

お久しぶりです

もともとアントワネットではなく、姉妹が嫁ぐ予定だったけれど急きょ(記憶が定かなら嫁ぐ予定だった姉妹が急逝した、という理由だったはず)彼女がフランスにお嫁入りすることになったんですよね。

ある意味彼女も運命に翻弄された女性だったと考えると少し同情できるかな…いやでも最低限やはり"責務"は果たさないと、ですね。
それでもまだ、"母親"としての責任を果たそうとしただけましかもしれません。

ベルばらは最初の巻を読んだだけですが、いずれちゃんと読みたいと思います。

最近気温の変化が激しいので管理人さんもお身体に気を付けて。
いろは |  2016.03.15(火) 06:42 | URL |  【編集】

お久しぶりです、いろはさん

「手裏剣戦隊ニンニンジャー・メインキャスト判明」の記事以来ですね。

調べた所、3歳上の「カロリーナ」(十女)が嫁ぐ予定でしたが、
その1歳上の「ヨーゼファ」(九女)が天然痘で急死(享年16歳)した為、
その代わりに「フェルディナンド1世」(両シチリア王)に嫁ぎました。

カロリーナが手袋をした手を差し出すと、夫は何でも願いを聞いた逸話があり、
夫は今で言う「手袋フェチ」… じゃなくて、夫婦仲は大変良好でした。
夫が政治に無関心で、事実上の女帝で、しかも有能だったらしいので、
もし「フランス王妃になっていたら歴史は大きく変わった」かも知れません。


アントワネットは「子供と遊びたい」から「謁見」(公務)をやめた時期は、
母が亡くなった直後なので、色々あったんでしょうが弁護が難しいです。
「ベルばら」のオスカルもその頃から彼女と完全に距離を置いてますね。


今回記事を書いてる途中で初めて知って驚いたのは
「デュ・バリー夫人がすぐ人脈を頼って修道院から出て
パリ郊外のルーヴシエンヌで再び愛人生活を始めた」事です。

「美貌」「話術」「思いやり」の「愛人3大奥義?」を兼ね備えて
非常に人気があったようですが「ベルばら」ではそうは描かれてません。
その3つを描いたら、アントワネットの方が悪役になってしまいますから。

「ただ美しいだけでは国王の愛人には成れぬ!」という事なのかも。
古今東西で権勢を振るった愛人の中には「それほど美しくなかったが…」
「話術が巧みだった」「思いやりがあった」と伝えられる人物もいます。

「アントワネット」「デュ・バリー夫人」を最も嫌っていたのは
「民衆の女性」だったと言われ、どちらも事実か疑わしい悪評が多いです。

今年は暖冬だと思って少し油断しました、気をつけます。
でわ
珍来 |  2016.03.15(火) 23:46 | URL |  【編集】

実在する悪女、あまり近くにはいてほしくありませんが、グラドルみたいな人が有名人に近づいて売名工作している話はよくありますが、美しい悪女ではありませんね。そこから転落していく様は見てて面白いところはありますが
ドンキ |  2016.03.17(木) 14:13 | URL |  【編集】

「グラドルみたいな人が有名人に近づいて売名工作」
…どんな人が居たっけ、別に知りたくないですけど。
でわ
珍来 |  2016.03.17(木) 23:35 | URL |  【編集】

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